蕎麦文化を考えてみる

地域によって異なる、蕎麦の嗜好

蕎麦を利用する地域が日本全国へと広がりを見せるようになってから、地方によっては独特の食べ方が存在するようになりました。だからこそ、その地域で当たり前のように食べていた蕎麦の作法を、他見に持ち込んだ時に軽くカルチャーショックを受ける、なんて経験をしたことがある人がいるかもしれません。そうした文化の中でも特に東京では人口の規模もさることながら、蕎麦は馴染みある地域色として浸透して行くこととなります。

こちらも先ほど軽く述べた内容で、酒処として利用されていたことはさることながら、後に立ち食い蕎麦屋という現代でも見受けられる蕎麦屋が出てくるなどその文化がどれだけ根深く普及しているのかが伺える。東京を活動拠点としていた文学作家達も、作品内では蕎麦を食べるという描写を出しているなどしていることあって、そういう意味では『江戸(=東京)は蕎麦』、というのが固定観念として広まっていた側面も感じさせます。実際、江戸っ子の蕎麦に対するこだわりは、粋を重んじるが故に意地と見栄による誇張をこめて、次のような食べ方をするのが江戸っ子ならであると言われています。

  • 1:関東の汁は濃いめなため、もりを食べる際には先を少し漬けるだけで良く、また蕎麦の風味を十分に味わうことが出来る
  • 2:口に入れたらあまり噛み砕かないで飲み込み、喉越しを鼻に通り香りを楽しむ
  • 3:大きな入れ物にたっぷりと蕎麦が入っているのは野暮であり、通常2.3本とって食べる
  • 4:食べるときには割り箸を使用して食べる
  • 5:酒を飲まないで蕎麦を食べるのであれば、食べたらさっさと引き上げるのがマナー
  • 6:蕎麦を食べることを『手繰る』とも言う

こうしてみると、江戸っ子って面倒な生き物ですね。こういってはなんですが、チャキチャキの江戸っ子などといってこうしたことを実際に実演していても何ら問題はありませんが、大概こういう人達は共通して人にもこの行動を強いる傾向にあるかもしれません。食べ方なんて体よく言っていて格好良く聞こえるかもしれませんが、基本的に縛られるものは何もないので自由に食していればいいでしょう。

ではこうした東京を中心とした食べ方以外に、その他の地域では蕎麦はどのように利用されているのでしょう。

近畿地方において

蕎麦の歴史を語るとするなら、近畿地方のことを忘れてはいけません。この周辺では蕎麦処の筆頭としては兵庫県となっており、皿蕎麦『出石蕎麦』が有名どころとなっています。この蕎麦は江戸時代に蕎麦の本場だった信州上田藩の藩主であった『仙石政明』が出石藩に国替えとなった際には、大勢の蕎麦職人を連れてきたことによって伝来となったら、伝統と歴史ある蕎麦料理として普及することとなります。

また京都では蕎麦屋が丹波地方で蕎麦作りが盛んだったこともあって古くからある老舗が建ち並んでいるなど、蕎麦に対して一種の歴史を思わせるところとなっています。また、この地から発祥した『ニシン蕎麦』は京都にあったニシン昆布の発想を蕎麦に応用するなら、ということから幕末に生み出された料理となっています。

近畿地方などではどちらかといえばうどんの方を優先的に扱っているところが多く、それは蕎麦屋であったとしてもうどんを提供することが珍しい光景ではありませんでした。京都に住んでいる人々もうどんを好む傾向にありますが、その割には蕎麦屋がうどんを商品として扱っているところは少ないという、ちょっと変わった側面を持っています。それもこれも、蕎麦を作っているからこそのこだわりとなのかもしれません。

農山村における蕎麦について

蕎麦発祥の料理とも考えられている蕎麦切りですが、その起源として考えられている箇所全てが山間の地域となっています。最も古い歴史を持っているとされている長野県の定勝寺もまた、周辺を山に囲まれた小さな街の中に在る寺となっています。

元々人が訪れることもないため、こうした地域では蕎麦切りは外部から来た人のために用いられたもてなしの料理として用意されていました。それは何処の地域であっても同じで、来客時に食べるものとして蕎麦切りを提供することが一種の習わしであるように認識されていました。そうしたことから、蕎麦切りを何処の家庭でも作れるように、技術的なものも備えていたのです。もちろん素人目戦からしたものとなっていますが、それでも自宅で蕎麦切りを作れるだけなら十分でしょう。家に来客などがあればその際には主人から家内に蕎麦を打って提供する、ということが最高のもてなし料理であると考えられていたのです。

農山村ということもあって、蕎麦を実際に栽培している農家にとっては大事な商品であり、そして生きるために必要な食料として見られていました。蕎麦切りがまだ普及する前においては、蕎麦を団子にして食べる、また野菜などを煮立てた中に蕎麦粉を入れてかき混ぜて食べる、といった食べ方を行っていた他など、食糧事情には特に厳しい状況を迫られることになる当時としては食べ方もその当時から続く郷土料理として、知れ渡っていることでしょう。つまり、蕎麦を活用した料理も一つではないということだが、そちらについても調べ始めたらきりがないかもしれません。ですがこうしたその土地独特の食べ方も、食料の自給を行わなくなる、蕎麦としての食べ方が広く普及したことによって、郷土料理が廃れつつある傾向もありますが地域によってはそれらを売りにしているところがあるかもしれません。