ハレの食品への過程

庶民の定番食品として

定勝寺の文献などから蕎麦切りや蕎麦餅などが盛んになり始めたのは16世紀の頃に誕生したものとして考えたとしてもだ、ここから蕎麦がその起源を元にして全国へと広まることになるまでに時間を要する事はありませんでした。江戸時代には町内には最低一軒存在しているなど何処にいったとしても当たり前のように存在している食事処、またその食事処を待ち合わせやその他人前では相談しにくい話などが出来るように場所を利用することができるとして、蕎麦を扱った蕎麦屋が広く普及することとなります。

歴史的に考えると蕎麦の台頭はそれまでの庶民における食文化を変える事となった蕎麦ですが、そうした出現もさることながら、この頃から蕎麦の製法なども改良が施される動きが出始めるようになります。そうした動きが強く見られるになったのは17世紀から18世紀頃となっています。

蕎麦の製法について

具体的にどのように製法が変化することになったのかと話をして行くと、それは蕎麦粉をつなぎとして用いられる小麦粉を混ぜる製法が打ちたれられることとなったのです。別に疑問に思うところなどないのではと思いますが、小麦粉を使用する量が異なっているのです。

蕎麦粉だけで麺を作る蕎麦は『十割』と呼ばれており、また小麦粉2に対して蕎麦粉8の比率の蕎麦のことを『二八』、同様に『三七』・『半々』といったように小麦粉と蕎麦粉の配分などを変化することになります。さらに蕎麦粉10としている中に小麦粉2という割合となっているものに関して『外二』といったものが存在しています。

粉の混ぜ方で風味も味も変わることを見ると、やはり定番となったことで味に独特の違いを持たせようとする動きが出た、というのが大きなところだろう。人々も単純な蕎麦をたのしむのではなく、店事の独自性を求めるようになった、ということなのかもしれません。そう考えると、料理人の本質的な部分としては現代とさほど変わった点は見受けられないとみていいかもしれません。

こうした製法が開拓されたことによって、先ほど紹介した蕎麦屋の歴史というものが始まることになります。そちらについては先ほど紹介したところで大まかに説明したので割愛しますが、やはり忘れてはいけない点、ちょっと深く話を進めていくことにします。

救荒食からの進化

蕎麦の歴史を語るのであれば、やはりその原点となる救荒食としての利用から逸脱した点でしょう。食事は創意工夫をすることによって様々な形へと変貌することが出来ますが、中でも始めこそ緊急事態に食べるものとして栽培・採取されていた蕎麦が、現在では一般的な食事の1つとして受け入れられる時代が来るなど、当時の人々は夢にも思っていなかったことでしょう。しかし実際問題として考えても、こうした蕎麦の調理方法が開拓されたことによって後に定番となる蕎麦を食べる時にふさわしい状況食、というのも誕生します。

そちらについては後ほど詳細に語るとして、蕎麦という食べ物はそうした変遷を持って救荒食から『縁起のいい食べ物』として食されていくことになります。それまで武士などの貴族階級からすれば邪道ともいえる、下卑た食事とも言われていた食事がここまでその文化を広めることになったのであればもはや十分でしょう。しかし引いて考えると、中々に激動の時代を幾重にも経過して、そして切磋琢磨したことによって蕎麦は日本における定番の食文化として受け入れられるようになるまでの歴史を見れば、波風の荒れた船出を強いられるような気分に苛まれそうです。

ですがそうした原点を考えてみると、蕎麦の歴史こそまだ500年も経っていないこと、そして蕎麦の植物の花粉が発見された9000年前の遺跡の件を考えると、起源と始まりを考えればそのアンバランスさは専門家でなくても理解できるところだ。そこから国民食とばかりにその名を広げることになったと考えれば、たったの400年ほどでそこまでの地位を手にしたと考えれば、驚異的な進化スピードではないだろうか。蕎麦の製法、汁の作り方、そして蕎麦屋の全国的な普及における食品としての扱い、この三つがすべてこの400年ほどの時間で起こったとするなら、中々に激動の時代が連続して訪れていたといえるだろう。そうした歴史を考えていく中で、忘れてはいけないのが、昭和後期における即席麺の誕生です。それはやがて、蕎麦にも訪れるようになります。

即席麺としての利用について

現代社会においてもはや無くして語る事の出来ない食事のスタイルとしては、即席麺の存在でしょう。始まりこそかの有名な浅間山荘事件におけるカップヌードルが、即席麺の原点となっていますがやがてそれは広く利用されることとなり、その流れを汲み取るようにして日本の蕎麦も激流に巻き込まれていくこととなります。

蕎麦としての即席麺の有名どころとしては、『緑のたぬき』と『蕎麦どん兵衛』 の二大シリーズではないでしょうか。その他にも種類が存在していますが、やはり蕎麦の即席麺としては定番メニューとしてはこの二つが市場を牽引している存在だといえるのではないでしょうか。

味について話をして行くと、やはり生で作られているお店の料理と比べればその差は出ているのは仕方のないこととしても、最近ではこの二つの商品も改良に改良を重ねることで麺と汁、両方を美味しく食べることが出来るようにと旨みを追求しています。たまに食べてみると、以前食べたときと味が異なっていると驚いた人もいるのではないでしょうか。そこからは日本人の腕の見せ所といっていいでしょう。

実際、即席麺だからといってその味を完膚なきまでに否定することが出来るかどうか、という話をするのであれば今では中々できないのではないでしょうか。食事は美味しく食べなければ意味がない、そういわんばかりに我々の食事風景は進化する、または変化に富んでいます。こうした歴史的変遷を考えると、蕎麦は日本社会が怒涛の急成長振りを見せた昭和中期から後期の時における特需時代と同様に、蕎麦の潜在的な能力を引き出すことになった時代でもある、と考えられます。そしていまだにその波は継続しているというのですから、いずれ即席麺だからといってもお店に勝るとも劣らない商品が誕生する日も、もしかしたら近いかもしれない。